好きな車に乗りたい!!
その名も「カーライフを諦めるまえにしたい100のこと」
ようやく、あこがれのFRスポーツカーに乗ることができました。
- 燃費悪いでしょ
- 車なんて乗れればいい
- お金がない
お金が無尽蔵にあるなら何のりたい?って聞いたら、みんないい車乗りたいって言うような。。。
好きな車に乗れるのはいつも格別なひと時です。
注文後、ある日・・・左半分に力がはいらない・・・
ある日の休日、左手と左足に力が入らなくなりました。足は常にひざカックン状態
ま、明日になれば治ってるよ と思っていました。
翌日は外せない仕事があったので、いつも通りの起床・・・・
あれ、、、昨日より力が入らない・・・
ご、午前中の仕事が終わったら病院に行こうかな・・・・
まさかの診断、、、、、
仕事を終えて、、、念のために病院に行ったのですが、
看護師さんの軽い問診を受けると、何やら周りが騒がしくなり、MRIを受けることに。
「ストレス多い?うん、脳梗塞だね。この白いのがそれ。運が悪いと左半身がマヒ残るよ。すぐ入院だね。」と。。。。
「え、明日の仕事が外せないんで、予定を確認しま・・・・」
「ん?救急車呼んだよ〜。後輩に連絡してベット開けてもらうから」
(救急病院はすぐそこなのに、救急車で運び込まれる僕)
病院につくと、コロナ禍真っ最中だったため、PCR検査やら、血液検査などなど。
僕自身は比較的元気だったのですが、青ざめた妻の顔を見てちょっと僕も不安に。。。
そしてなお、会社の携帯を気にする僕を見て、呆れた様子の看護師さんとお医者様、、、
血液検査の結果、糖尿病とも診断され、絶対動いちゃダメ!とお医者様、そこからは驚異の厳戒態勢
(糖尿病で血がどろどろになっている状態で、血圧があがると脳梗塞が悪化しやすい)
・・・・・俺、86乗れるんだろうか・・・・・・
考えてるのってソレ!!?って言われそうですが、、、、そればかり考えていました。
見知らぬ、天井・・・SCUの僕
まさに、こんな感じ。。。糖尿病からくる高血圧状態のせいもあって、絶対安静(起きることも禁止)でした。
3時間おきぐらいにバイタルチェックや、脳梗塞が悪化していないかのチェックなど、昼夜問わずの厳戒態勢がつづきました。
3日間ほど、SCUで動けない日を過ごしたでしょうか・・・
一般病棟に移っても
一日4~5回のチェック、早朝の血液検査の注射はめちゃくちゃ痛かった・・・・
コロナ禍の為、見舞いなどは完全にシャットアウトされており、スマホも取り上げられたまま。
当時の僕は過労死ラインを余裕で超える時間を働き、イライラやわだかまりの中を精一杯生きていましたが、
まーっ白な、天井と時折窓の外から聞こえる学校のチャイム以外は、情報のない毎日が新鮮でした。
・・・・・俺、86乗れるんだろうか・・・・・・
やっぱりソレ。。。
リハビリが始まった・・・
何より驚いたのは、階段を上がれないぐらい能力が落ちていました。
(具体的には脳梗塞で「歩くための体の動かし方の一部が欠損して体が動かない」)
・・・・・俺、86乗れるんだろうか・・・・・・
そう、やっぱりソレ。。。。。
それからは、病院で手配されているリハビリの時間以外にも、
廊下でリハビリをし徐々に足の筋肉の使い方ができるようになりました。
リハビリはきつかったです。
毎日同じことをするのが嫌いな僕は、あえてトレーナーにそれを伝えて、メニューを考えてもらい、自分でもトレーニング法を考えたりして続けられるようにしましました。
糖尿病について
栄養士さんをディスるわけじゃありませんが、病院の栄養指導通りにしても血液数値が好転していない。。。ことに気づきました。
自分で1から栄養学や糖質、栄養素、食事を勉強し、運動方法への取組みを勉強して
▼ 入院直後 HgA1c 9.2 血圧 190mmHg 体重92kg
▼ 退院直後 HgA1c 8.7 血圧 160mmHg 体重89kg
▽ 1年経過 HgA1c 5.2 血圧 120mmHg 体重81kg
まで改善しました。